松前は渡島(おしま)半島の西端に位置する北海道で唯一の城下町です。古くからアイヌの人々が行き来した場所であり、松前の名前はアイヌ語の「マツオマナイ」(半島)もしくは「マトロナイ」(女の住む沢)から由来するとともに、和人が移り住み始めた頃、海辺に松の大木があったことにもよると言われています。
鎌倉時代に本州から多くの和人が渡ってきた中で、勢力を伸ばして和人を統合したのが、青森から来たとされる蠣崎(かきざき)氏です。蠣崎氏は江戸時代に姓を変えて松前氏と名乗って松前藩の藩主となり、城下は蝦夷地の政治や経済の中心地として栄えました。
松前には今でも往時の面影が色濃く残っています。

松前の史跡めぐり

松前城跡と松前公園

松前城松前城は、蝦夷地を支配した松前氏の居城です。1599(慶長4)年、蠣崎慶広(よしひろ)が徳川家康に拝謁して松前氏と改姓し、現在の福山に城を築いて福山館と称したのが始まりです。ただし、この城は1638(寛永14)年の大火で焼失しています。
現在残っている松前城は1849(嘉永2)年、17代松前崇広(たかひろ)のとき、江戸幕府の命令により、ロシアの南下政策に対応して築き、1854(安政元)年に落成したもので、当初は福山城と呼ばれていました。
しかし、箱館戦争のときに元新選組副長、土方歳三が率いる旧幕府軍の攻撃を受けて落城し、1875(明治8)年、新政府によって本丸の一部と天守閣、本丸御門を残して解体されました。1935(昭和10)年に国の史跡に指定され、のちに天守閣が再建されて、現在は松前観光の中心的存在となっています。松前城の周辺は、松前公園となっています。

桜の名所、松前公園

松前公園の桜松前公園は1879(明治12)年に松前城跡を開放したもので、園内には城の桜がそのまま残され、桜の名所となっています。4月末〜5月上旬が、開花の目安です。

【アクセス】
◎JR函館駅から函館本線に乗り、「木古内(きこない)」で下車(約1時間15分)。「木古内」駅から、松前バスターミナル行きの函館バスに乗り、「松城(松前)」下車(約1時間半)、250m。
◎JR函館駅から函館バスの快速に乗り、「松城(松前)」下車(約3時間)、250m。
※函館からは公共交通機関で約3時間です。
【期間】4月10日〜12月10日
【時間】9:00〜17:00(入館は16:30まで)
【TEL】0139-42-2216

松前藩屋敷

松前藩屋敷蝦夷地の中心都市として栄えた松前の城下町を再現したテーマパークです。商家、廻船問屋、旅籠、茶屋、奉行所など14の建物が立ち並び、人形で当時の人々のようすを表しています。甲冑の着つけなども体験できます。

【アクセス】函館バス「松城(松前)」下車、1.2km。
【期間】4月10日頃〜10月末頃まで
【時間】9:00〜17:00(入館は16:30まで)
【TEL】0139-43-2439

松前神社

松前神社旧松前城の北の丸跡に、1881(明治14)年に創建された、松前藩祖の武田信広を祀る神社です。武田信広は室町時代末期、若狭の守護、武田信賢の子として生まれ、諸国を放浪して蝦夷地に至って蠣崎氏を頼ったと伝えられています。1457(長禄元)年、コシャマインの戦いで武功を挙げて、蠣崎季繁(すえしげ)の女婿となり、姓を蠣崎と改めました。

【アクセス】函館バス「松城(松前)」下車、100m。
【TEL】0139-42-2032

観光 More Infomation

徳山大神宮

松前の一宮で、北海道では最古の神社のひとつです。この地に出漁していた和人の漁師が、安全祈願のために伊勢神宮のお札を貼ったのに始まり、当時は和人だけでなく、アイヌの人々からも敬われたと伝えられています。松前藩4代、松前季広の崇敬を受け、それ以降は藩主の祈願所となりました。拝殿は北海道の文化財に指定されています。

法源寺

若狭の随芳が1469(文明元)年に奥尻島に草案を結んだのに始まり、2代光広が1514(永正11)年に現在の場所に移したものです。山門は桃山時代のものと推定される切妻造で、国の重要文化財に指定されています。

法憧寺

松前家の菩提寺で、裏手の墓の中には松前家の墓所があり、本堂左手の御霊屋(みたまや)には、歴代藩主の位牌が安置されています。 十六羅漢像は兆殿司(ちょうでんす)の作と伝えられる名品です。

法憧寺

松前家の菩提寺で、裏手の墓の中には松前家の墓所があり、本堂左手の御霊屋(みたまや)には、歴代藩主の位牌が安置されています。 十六羅漢像は、室町時代の画僧、兆殿司(ちょうでんす)の作と伝えられる名品です。

光善寺

1575(天正3)年創建のお寺で、当初は高山寺と称しましたが、5代世良故のとき、御水尾天候から現在の寺号を与えられ、蝦夷地の僧たちの修行道場として賑わいました。このお寺には血脈桜という桜の名木と、それにまつわる伝説があります。昔、松前の鍛冶屋の父と娘が上方へ旅して、奈良の吉野の桜を持ち帰り、この寺の境内に植えました。何代も後の住職が改築のためにこの桜を切ろうとしたところ、夢に美しい娘が現われ、「私は近々死ぬ身の上です。どうか血脈をお授けください」と頼んできました。血脈とは法脈を示す系図で、極楽への手形とされるものです。住職が娘に血脈を与えて、夢からさめて桜を見ると血脈が垂れ下がっていたため、「あの娘は桜の精であったか」と切るのをやめたと言われています。

龍雲院

松前藩7代、松前公広の正室である桂子の方が、1625(寛永2)年に創建したお寺です。本堂は1830(文政13)年の改築ですが、松前のお寺の中では最古の建築物です。

阿吽寺

もとは出羽国にありましたが、戦乱により1443(嘉吉3)年に現在の福島町に移り、さらに大館に移り、1619(元和5)年に現在の場所に落ち着きました。以来、松前藩士の祈願所となって、現在に至っています。

専念寺

1333(天文2)年の開基で、北海道の真宗の寺院の中では最古の寺院です。寺名の由来となった僧、専心が彫ったとされる阿弥陀如来像が安置されています。

★下のポイント名をクリックすると、地図の中央に表示されます。★

松前城  松前藩屋敷  松前神社  

「風の旅」のトップページへもどる 「北海道観光 風の旅」のトップページへもどる
風の旅 TOP > 北海道観光 風の旅 > 城下町、松前の歴史探索

風の旅 北海道観光風の旅