権謀術数の舞台から観光都市へ

奈良時代

西暦 和暦 出来事
734 天平6 杉本寺が創建される。
736 天平8 長谷寺が創建される。

平安時代

西暦 和暦 出来事
1028 長元1 房総3カ国(上総国、下総国、安房国)で、平忠常が乱を起こし、源頼義に平定される(平忠常の乱)。 10月、源頼義が相模守となる。その後、源頼義は鎌倉を治めていた平直方の娘を娶り、源氏と鎌倉とのかかわりができる。
1051 永承6 源頼義が奥州の安倍氏を討つ(~1062/前九年の役)。
1063 康平6 源頼義が京の石清水八幡宮より神霊を招き、由比郷に八幡宮若宮を創設する(のちの鶴岡八幡宮)。
1083 永保3 源義家が奥州の清原氏を討つ(~1087/後三年の役)。戦いに先立ち、鎌倉の山に旗を立てて戦勝を祈願したのが、源氏山の由来とされる。
1104 長治1 荏柄天神社が創建される。伝承では、空から天神画像が降ってきたのでまつったのが初めとされる。
1147 久安3 源頼朝、誕生。
1159 平治1 藤原信西・源義朝が御所を焼き討ちする(平治の乱)。
1160 永歴1 源義朝が平家軍に敗れ、落ち延びる途中、尾張の国で謀殺される。 源頼朝は捉えられて、伊豆の蛭ヶ小島に流される。
1180 治承4 4月、以仁王の平氏追討令が発せられる。
8月、源頼朝が伊豆で挙兵し、石橋山で敗れて安房に渡る。10月、源頼朝が鎌倉に入る。 源頼朝が由比郷の若宮を小林郷に移す(現在の鶴岡八幡宮)。
1182 寿永1 源頼朝が政子の安産を祈り、八幡宮の参道を造営(現在の若宮大路)。
政子が頼家を生む。
1184 元歴1 源頼朝が公文所と問注所を置く。
1185 文治1 3月、源義経が、屋島・壇ノ浦の戦いで平氏を滅ぼす。 5月、源義経が鎌倉入りを拒否される。源義経、腰越状を書く。10月、源頼朝が勝長寿院を創建。
11月、源頼朝が諸国に守護と地頭を設置する。
1186 文治2 4月、静御前が八幡宮回廊で舞を披露する。8月、西行と源頼朝が会う。
1187 文治3 3月、梶原景時が讒訴の科により、鎌倉中の道路をつくる。
1188 文治4 2月、源頼朝が奥州の藤原基衡・泰衡に義経追討を要請する。
1189 文治5 4月、藤原泰衡が衣川の館に源義経を襲い、自害に追い込む。 7月、藤原泰衡が源義経を長らくかくまっていたことを理由に、源頼朝が奥州藤原氏を平定に出発。8月に平泉に入り、平定して、10月に帰る。

※鎌倉時代の始まりについては、源頼朝が鎌倉に侍所を設けた1180年からとする考え、 守護や地頭の任命権などを獲得した1185年とする考え、征夷大将軍に任命された1192年とする考えなどがあります。

鎌倉時代

西暦 和暦 出来事
1192 建久3 7月、源頼朝が征夷大将軍となる。8月、源頼朝が弟の範頼を追放する。 11月、永福寺(ようふくじ)の落慶式が行われる。
1194 建久5 4月、鎌倉中の道路を修築する。
1195 建久 6 源頼朝が京へ上り、東大寺再建供養祭に臨む。
1199 正治1 1月、源頼朝が死去し、源頼家が2代将軍となる。 4月、北条政子が源頼家の親裁(訴訟独裁権)を停止し、北条時政ら13人の御家人による合議制とする。
12月、源頼家が梶原景時を追放する。
1200 正治2 2月、北条政子の発願により、寿福寺の造営が始まる。
1203 建仁3 5月、源頼家が阿野全成を常陸国へ追放し、殺害する。 8月、源頼家が病気のため、弟の源実朝に総守護職等を譲る。9月、北条時政と政子が比企能員ら比企一族を滅ぼす。源実朝が征夷大将軍となる。
1204 元久1 源頼家が伊豆の修善寺で殺害される。
1205 元久2 6月、北条時政が畠山重忠らの一族を討つ。7月、北条時政は平賀朝雅将軍擁立の謀計が露見して失脚し、北条義時が執権となる。
1208 承元2 1月、問注所が火災。諸文書が焼失する。
1209 承元3 8月、藤原定家が源実朝に詠歌口伝1巻を献じる。
1211 建暦1 10月、鴨長明が鎌倉へ行き、源実朝に謁見する。
1213 建保1 5月、和田義盛が北条義時の挑発を受け、挙兵に追い込まれて敗死し、和田一族は滅亡する。11月、藤原定家が源実朝に万葉集を贈る。
1214 建保2 栄西が『喫茶養生記』を表わし、源実朝に茶を献じる。
1215 建保3 7月、鎌倉中の諸商人の員数を定める。
1217 建保5 11月、源実朝が宋への渡航を企てて巨船を建造するが、失敗。
1219 承久1 1月、源公暁が源実朝を暗殺。6月、九条頼経が鎌倉へ下向して将軍となる。
1221 承久3 5月、後鳥羽上皇が北条義時追討の宣旨を出す。6月、幕府軍が京に攻め上って朝廷軍を下す。 後鳥羽上皇は隠岐に流される(承久の乱)。
1224 元仁1 6月、北条義時が死去し、北条泰時が執権となる。
1225 嘉禄1 7月、北条政子が没する。12月、幕府が宇津宮辻子に移る。
1226 嘉禄2 8月、幕府が准布を停止し、銅銭を用いることを命じる。
1230 寛喜2 冷夏に見舞われる。
1231 寛喜3 寛喜の大飢饉。
1232 貞永1 7月、僧侶の往阿弥陀仏の具申により、和賀江島が築造される。
8月、北条泰時が御成敗式目を制定する。
1235 嘉禎1 1月、鎌倉中の僧の武装を禁じる。
1238 暦仁1 深沢に大仏堂が建造される。
1239 延応1 幕府が人身売買を禁止する。
1240 仁治1 2月、幕府が保奉行人を置き、市中の禁制を定める。 10月山内道路(巨福呂坂)を開削する。11月、鎌倉ー六浦間の道路を開削する。
1241 仁治2 2月、鎌倉大地震が起こる。3月、大仏殿の上棟式が行われる。
1242 仁治3 北条泰時が死去し、北条経時が執権となる。
1243 寛元1 北条経時が蓮華寺を佐助から材木座へ移し、光明寺と改めたとされる(信憑性には乏しい)。 6月、大仏の開眼供養が行われる。
1246 寛元4 月、北条時頼が執権となる。 この年、宋から蘭渓道隆が来日。
1247 宝治1 6月、三浦泰村が北条時頼や安達景盛の策謀により挙兵し、一族滅亡する(宝治合戦)。 8月、鎌倉市中より不浪人を追放する。北条時頼が道元を鎌倉に招く。
1251 建長3 2月、鎌倉大火。12月、幕府が鎌倉市中の商業地域を定める。 この年、浄光明寺が創建される。
1252 建長4 2月、宗尊親王が鎌倉に下向し、将軍となる。8月、深沢の地で釈迦如来像の鋳造が始まる。 9月、鎌倉中の民家の壷数を1屋1つと定める。
1253 建長5 4月、日蓮が鎌倉に入る。8月、道元が没する。11月、北条時頼が建長寺の落慶式に立ち会う。 蘭渓道隆が建長寺の開山(初代住持)となる。
1259 正元1 極楽寺が創建される。
1260 文応1 7月、日蓮が『立正安国論』を著わし、北条時頼に提出する。
1261 弘長1 3月、火災により、政所、公文所、問注所が焼失。 5月、日蓮が伊豆に流される。この年、忍性が鎌倉に入る。
1262 弘長2 2月、叡尊が鎌倉に入る。
1263 弘長3 5月、日蓮が赦免される。8月、鎌倉大風。
265 文永2 3月、鎌倉市中の町家を9ヶ所に定める。
1267 文永4 忍性が極楽寺の住持となる。
1268 文永5 1月、元の使者が来日して通交を求めるが、日本を見下したものであったため、 幕府は使者を追い返す。3月、北条時宗が執権となる。
1271 文永8 8月、日蓮が龍ノ口で浄土宗徒らの焼き討ちにあい、さらに佐渡に流される。
1274 文永11 5月、日蓮が赦免されて身延山へ去る。10月、元軍が九州北部に襲来する(文永の役)。
1277 建治3 10月、阿仏尼が訴訟のために、京から鎌倉に移り住む。
1280 弘安3 11月、鎌倉大火。鶴岡八幡宮が焼失。
1281 弘安4 元軍が再び襲来。5月末~6月にかけて、対馬、壱岐、博多などへ上陸。(弘安の役)
1282 弘安5 3月、一遍が鎌倉入りを制止される。10月、日蓮が没する。12月、円覚寺の落慶式が行われ、北条時宗が立ち会う。 円覚寺の開山(初代住持)は無学祖元。
1285 弘安8 安達泰盛と内管領の平頼綱の対立が激化し、11月、安達一族が滅ぼされる。
この年、北条貞時が東慶寺を創建する。
1293 永仁1 4月、鎌倉大地震。
1297 永仁5 3月、幕府が永仁の徳政令を出す。
1299 正安1 2度の日本遠征が失敗に終わった元が平和裏に日本を従属国とする目的で、 高僧の一山一寧を日本に派遣してきたため、伊豆の修善寺に幽閉(のちに許して、建長寺の住持とした)。
1301 正安3 北条貞時が、円覚寺の梵鐘を鋳造させる。
1310 延慶3 11月、鎌倉大火。
1315 正和4 3月、鎌倉大火。7月、建長寺が火災。
1319 元応1 5月、夢窓疎石が鎌倉に入る。
1323 元亨3 5月、鎌倉大地震。
1324 正中1 討幕運動に加担した後醍醐天皇の側近の日野資朝、日野俊基らが、9月、鎌倉へ護送される(正中の変)。
1325 正中2 7月、建長寺船を元に派遣。
1327 嘉暦2 2月、夢窓疎石が浄智寺に住む。さらに、瑞泉院(現在の瑞泉寺)庭園をつくる。
1329 元徳1 鎌倉大仏造営料船を元に派遣。
1331 元弘1 後醍醐天皇の側近の日野俊基らを鎌倉へ護送。
1332 元弘2 3月、後醍醐天皇が隠岐に流される。6月、日野俊基が葛原岡で斬首される。
1333 元弘3 2月、後醍醐天皇が隠岐を脱出する。5月、新田義貞軍が鎌倉に攻め込む。北条高時と北条一族は東勝寺に火をかけて切腹し、鎌倉幕府は滅亡する。
6月、後醍醐天皇により、建武の新政が始まる。12月、足利直義が鎌倉へ下向。護良親王が征夷大将軍となる。

南北朝時代

西暦 和暦 出来事
1334 建武1 11月、護良親王が鎌倉に配流となる。
1335 建武2 7月、北条時行が鎌倉を占領する(中先代の乱)。護良親王が足利直義により殺害される。 8月、足利尊氏が鎌倉を奪回。この年、宝戒寺が創建される。
1336 建武3
(延元1)
6月、足利尊氏が京都に入る。11月、足利尊氏が室町幕府を開く。 12月、後醍醐天皇が吉野へ移り、南北朝の対立が始まる。

室町時代

西暦 和暦 出来事
1338 暦応1
(延元3)
8月、足利尊氏が征夷大将軍となる。
1342 康永1
(興国3)
4月、幕府が五山十刹の制を定める。
1349 貞和5
(正平4)
9月、足利尊氏が鎌倉公方となる。
1351 観応2
(正平6)
11月、足利直義が鎌倉に入る。
1352 文和1
(正平7)
2月、足利直義が殺害される
1358 延文3
(正平13)
4月、足利尊氏が死去する。12月、足利義詮が征夷大将軍となる。
1361 康安1
(正平16)
11月、畠山国清が足利基氏に叛く。
1368 応安1
(正平23)
足利義満が征夷大将軍となる。
1379 康暦1
(天授5)
足利義満に叛こうとした足利氏満を諌めて、上杉憲春が自害。
1386 至徳3
元中3
7月、幕府が五山の制を定める。
1392 明徳3
元中9
足利義満の斡旋により、南朝の後亀山天皇が北朝の後小松天皇に三種の神器を渡し、南北朝が合体(明徳の和約)。
1416 応永23 12月、前関東管領の上杉氏憲(禅秀)が鎌倉公方の足利持氏に反乱を起こす(上杉禅秀の乱)。
1434 永享6 3月、足利持氏が将軍の足利義教を呪う血書願文を鶴岡八幡宮へ奉納する。
1438 永享10 8月、鎌倉公方の足利持氏が、関東管領の上杉憲実に反乱を起こし、敗北する(永享の乱)。
1449 宝徳1 1月、足利持氏の子、足利成氏が鎌倉公方となる。4月、足利義政が征夷大将軍となる。
1455 康正1 6月、今川範忠が足利成氏を追討し、足利成氏は下総の古河へ敗走。古河公方の初めとなる。
※鎌倉の指導者が不在になったことにより、以後、鎌倉は活気を失い、農漁村化が進む
1486 文明18 11月、万里集九が鎌倉を訪れて、東国旅行記『梅花無尽蔵』を著す。
1512 永正9 8月、北条早雲が三浦義同(道寸)を攻めて鎌倉に入る。さらに玉縄城の築城を始める。
1513 永正10 玉縄城が完成。以後、水軍の統括や鎌倉の防衛で重要な役割を果たす。
1518 永正15 9月、北条氏綱が鎌倉を検地。
1540 天文9 11月、鶴岡八幡宮の再建工事、完了。
1545 天文14 3月、谷宗牧が鎌倉を訪れ、『東国紀行』に記す。
1553 天文22 4月、浜大鳥居が完成。

戦国時代・安土桃山時代

西暦 和暦 出来事
1467 応仁1 応仁の乱が起こり、争乱は全国へ波及する。
1573 天正1 織田信長が将軍足利義昭を京から追放し、室町幕府は滅亡する。
1590 天正18 7月、豊臣秀吉が北条氏を討ち、関東8国を徳川家康に与える。
1591 天正19 5月、豊臣秀吉が徳川家康に鶴岡八幡宮の修理造営を命じる。

江戸時代

西暦 和暦 出来事
1615 元和1 大阪夏の陣により豊臣氏が滅亡。豊臣秀頼と千姫の娘、天秀尼が東慶寺に入る。
1636 寛永13 徳川家康の側室であった英勝院が徳川家光から先祖の太田道灌の屋敷があった土地をもらい受け、英勝寺を創建する。
1674 延宝2 5月、徳川光圀が『鎌倉日記』を記す。
1685 貞亨2 8月、鎌倉案内書『新編鎌倉志』成立。
1692 元禄5 5月、松尾芭蕉が「鎌倉を 生きて出でけむ 初鰹」の句を詠む。

※「鎌倉から初鰹が届いた。鎌倉幕府による処刑者は多いのに、鎌倉で獲れた鰹は生きて鎌倉を出たのか」の意。

1694 元禄7 この年、離縁に関する東慶寺法が確立される。
1732 享保17 この年、鶴岡八幡宮の境内図が作成される。
1821 文政4 6月、渡辺華山が鎌倉を遊覧する。

明治時代・大正時代

西暦 和暦 出来事
1868 明治1 3月、明治政府により神仏分離令が出され、これをきっかけにで廃仏毀釈運動がおこり、鎌倉でも多くの寺院で建物や仏具の破壊が行なわれる。
1869 明治2 南朝再評価の気運が高まるのを受けて、2月、護良親王を祭神として鎌倉宮が創建される。
1871 明治4 鎌倉が神奈川県の所轄となる。
1888 明治21 6月、横須賀線が開通する。
1889 明治22 4月、町村制施行により、東鎌倉村と西鎌倉村が成立。
1894 明治27 7月、町制施行により、鎌倉町が誕生する。
1902 明治35 5月、江ノ電が藤沢ー片瀬(現在の江ノ島)間で開通する。以後、順次延長される。
1910 明治43 11月、江ノ電が小町(現在の鎌倉)まで通り、全線開通する。
1923 大正12 9月、関東大震災。鎌倉でも多くの建築物が被害を受ける。

昭和時代・平成時代

西暦 和暦 出来事
1934 昭和9 第1回鎌倉カーニバルが開催される(1962年まで続く)。
1936 昭和11 1月、松竹鎌倉撮影所がオープン。「男はつらいよ」シリーズなどの撮影が行われる(2000年閉鎖)。
1939 昭和14 11月、鎌倉市が誕生する。
1946 昭和21 4月、鎌倉アカデミアが開校(1950年廃校)。
1967 昭和42 6月、古都保存法により鎌倉歴史的風土特別保存地区が制定される。
1978 昭和53 6月、極楽寺の発掘調査が始まる。
1992 平成4 鎌倉開府800年祭を開催。
2010 平成22 3月10日未明、鶴岡八幡宮の本殿へ向かう石段の左側にあった大イチョウが強風のために倒れる。大イチョウには、源公暁が源実朝を暗殺したとき、その陰に隠れていたという伝説もあった。その跡に大イチョウの枝を挿し木したものに根がつき、現在、育ちつつある。

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