原爆を体験した都市 長崎は、戦争の悲惨さと平和の大切さを語り継いでいます。平和公園周辺には長崎原爆資料館をはじめ、訪れるべき重要なポイントが集まっています。

▼地図は一番下にあります。

★料金・時間・休日などについては変更されることがあります。必ず公式HPまたは自治体のサイトで確認してください。
★入場・入館時間は、多くの場合、終了30分前までです。
★アクセス方法については、比較的わかりやすいものを掲載しています。ほかにもルートがある場合があります。

長崎の原爆について知る

長崎原爆資料館

長崎原爆資料館900点以上に上る原爆の惨禍を示す資料を保存し、その中から厳選した題材を使って、核兵器開発の歴史や原爆投下の経緯、すり鉢状の長崎の地形が及ぼした影響など、ストーリー性のある組み立てで展示を行っています。
展示物の中には、溶けたガラス瓶など実際に触れられるものもあり、天井から吊るされた実物大の原子爆弾「ファットマン」が怖ろしさをかもし出しています。

また、被爆を体験した人々の痛切な記録が原爆の悲惨さを訴えています。

【アクセス】
◎電停「長崎駅前」駅から路面電車に乗り、「浜口町」下車、250m。
◎JR「長崎」駅前からバスに乗り、「浜口町」下車、250m。
◎長崎空港からリムジンバス「長崎駅前(浦上・住吉方面)行き」に乗り、「松山町」バス停下車、200m。
【TEL】095-844-1231
【住所】長崎市平野町7-8
【料金】一般200円、小中学生・高校生100円
【時間】
◎4月、9月〜翌3月 8:30〜17:30 (入館は17:00まで)
◎5月〜8月 8:30〜18:30 (入館は18:00まで)
◎8月7日〜9日 8:30〜20:00 (入館は19:30まで)
【休日】12月29日〜12月31日(図書室・ホールは12月29日〜1月3日)
【HP】長崎原爆資料館

原爆公園

爆心地の碑1945年(昭和20年)8月9日午前11時02分に投下された原子爆弾は上空500mで爆発し、一瞬にして7万4000人の命を奪いました。この惨劇を忘れないよう、一帯は小さな公園とされて、直下の地点には黒御影石でつくられた「原子爆弾落下中心地之標」が立っています。

なお、犠牲者数については教科書会社でも大きな開きがありますが、長崎市は7万4000人を、広島市は14万人を公式見解としています。

なお、犠牲者数については、長崎市は7万4000人を公式見解としています。

【アクセス】
◎電停「松山町」駅から50m。
◎電停「浜口町」駅から250m。
【住所】長崎県長崎市松山町
【料金・時間・休日】立入自由

平和公園

平和の像原爆の爆心地の北側の丘に広がる公園です。神の愛と仏の慈愛を象徴する男神の平和祈念像があります。像は高さ9.7mで、高さ4mの台座にどっしりと座っています。
製作者の北村西望(号:せいぼう/本名:にしも)氏によると、「天を指さした右手は原爆の脅威を表わし、水平に伸ばした左手は永遠の平和を願い、軽く閉じた目は犠牲者の冥福を祈っている」とのことです。

【アクセス】電停「松山町」駅から100m。
【TEL】095-829-1171 (長崎市みどりの課)
【住所】長崎県長崎市松山町
【料金・時間・休日】立入自由

浦上天主堂(カトリック浦上教会)

浦上天主堂フランス人宣教師フレノー神父が設計計画を進め、浦上地区の信者たちが自分たちの手で建てた聖堂です。ロマネスク様式のレンガ造りで、美しい形をしています。

1895(明治28)年から建設を始めたものの、資金難から工事はとだえがちで、1913(大正3)年に未完成の段階で献堂式を行い、翌1914(大正4)年に完成しました。実に19年の歳月がかかっています。

原爆投下時には爆風によって倒壊し、8500人もの信者が犠牲になりました。2つの塔に吊るされたアンジェラスの鐘のうち、小さい方も壊れてしまいました。しかし、大きい方はほぼ無傷の状態で掘り出され、仮の支柱で1945(昭和20)年のクリスマスイブに再びその美しい音色を響かせました。
現在の天主堂は、1959(昭和34)年に再建、1980(昭和55)年に改装されたものです。

原爆によって倒壊しましたが、2つの塔のアンジェラスの鐘のうち大きい方がほぼ無傷の状態で掘り出され、美しい音色を響かせています。
現在の天主堂は、再建・改装されたものです。

なお、「アンジェラス」とは、天使が聖母マリアにキリストの受胎を告知して祝したことに感謝するお告げの祈りのことです。

【アクセス】
◎電停「松山町」駅から650m。
◎電停「浜口町」駅から950m。
【TEL】095-844-1777
【住所】長崎市本尾町1-79
【料金】無料
【時間】9:00〜17:00
【休日】月曜(祝日の場合は翌日)
【HP】浦上天主堂

長崎市永井隆記念館

如己堂『長崎の鐘』『この子を残して』など、人類愛や平和をテーマとするエッセイを残したカトリックの医師、永井隆博士の生涯を記念するミュージアムです。

永井博士は戦時中、X線による検診に従事していましたが、不完全な環境だったため被爆して白血病となりました。また、原爆によって愛妻を亡くしましたが、不屈の精神で原子病の研究を続け、1951(昭和26)年に亡くなりました。

記念館の隣には、如己堂(にょこどう)と名づけた小屋が残されています。如己堂の名は、「己れの如く、隣人を愛せよ」という聖書の言葉から取られたものです(写真は如己堂)。

【アクセス】
◎電停「大橋」駅から450m。
◎電停「大橋」駅からバスに乗り、「如己堂下」下車すぐ。
【TEL】095-844-3496
【住所】長崎県長崎市上野町22-6
【料金】一般100円、小中高校生無料(2階図書室は無料)
【時間】9:00〜17:00
【休日】12月29日〜1月3日
【HP】長崎市原爆資料館「永井隆記念館」

少し足を伸ばして

山王神社

画像:wikipedia「山王神社 (長崎市)」

被爆の楠二の鳥居原子爆弾の爆心地から南南東へ約1.2kmの地点にある神社です。神社は爆風によって倒壊し、再建されましたが、片足の姿で立つ二の鳥居が原爆の怖しさを伝えています。
また、高熱の爆風と放射線を受けながらも奇跡的に復活した「被爆の楠(くすのき)」は、多くの人々を元気づけています。

【アクセス】
◎電停「大学病院前」駅から600m。
◎電停「浦上」駅から650m。
【TEL】095-844-1415
【住所】長崎県長崎市坂本2-6-56
【料金・時間・休日】境内への立入自由(志納)
【HP】山王神社

坂本国際墓地

画像:wikipedia「坂本国際墓地』

坂本国際墓地原子爆弾の爆心地を望む小高い丘の上にある外国人墓地です。イギリス人、フランス人、アメリカ人などの墓が約200も並んでおり、その中には永井隆博士や「グラバー園」のグラバー、それにグラバーと日本人妻つるの間に生まれた倉場富三郎の墓もあります。
また、愛した長崎の遊女を身請けしたのに死なれてしまい、その枕とともに40年間を過ごした、フランス人のピナテールという人の小さな墓もたたずんでいます。
長崎に生きた人々の、さまざまな人生に想いを馳せることができます。

坂本国際墓地原子爆弾の爆心地を望む小高い丘の外国人墓地です。永井隆博士や「グラバー園」のグラバー、それにグラバーと日本人妻つるの間に生まれた倉場富三郎の墓もあります。
また、愛した長崎の遊女に死なれて、その枕とともに40年間を過ごしたフランス人ピナテールの墓もあり、長崎に生きた人々のさまざまな人生に想いを馳せることができます。

【アクセス】
◎電停「茂里町」駅から500m。
◎電停「浦上」駅から500m。
【TEL】095-822-8888 (長崎市あじさいコール)
【住所】長崎県長崎市坂本1-2
【料金】無料
【時間】日中
【休日】ー

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長崎原爆資料館  原爆公園  平和公園  浦上天主堂  長崎市永井隆記念  山王神社  坂本国際墓地  

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