首里は那覇市の中でも国際通り周辺の繁華街の東側に位置します。1400年頃に最初の王府が置かれたと考えられており、それ以来、琉球の宮殿の所在地でした。首里城が置かれた地域は「シュイムイグスク」と呼ばれる神聖な拝み所であり、この「シュイ」の発音に「首長がいる里」という意味で「首里」の漢字が当てられたとの説もあります。首里城をはじめ、世界文化遺産に指定された歴史的な文化遺産が多く、沖縄観光の重要エリアとなっています。

首里城周辺の文化遺産をめぐる

首里城公園

首里城正殿守礼門首里城は、15世紀から19世紀にかけて沖縄にを統治した琉球王国の宮殿です。日本、中国、朝鮮、東南アジアの中継地点として栄えた琉球王国の、政治経済の中心でもありました。文化財としての貴重さから1925(大正14)年に国宝に指定されましたが、第二次世界大戦末期の沖縄戦で破壊されて焼失。復興を求める人々の声に応えて、沖縄の日本復帰20周年にあたる1992(平成4)年に復元されて、公開されました。約18haもの広さのある広大な敷地内には琉球王国がしのばれる多くの遺物が点在しています。2000年12月2日には、「琉球王国のグスク及び関連遺産群」のひとつとして世界文化遺産にも登録され、現在では沖縄に観光に来る人の多くが訪れる重要な観光名所となっています。

左の写真は正殿。中国の紫禁城をモデルに建てられました。1階では国王が政務を取り、儀式的なことを行いました。2回は国王とごく身近な人物のための空間で、一般の官僚は出入りを禁じられていました。3階は倉庫であったと考えられています。
右の写真は守礼門。中国からの使節である冊封使(さっぽうし)を出迎え、見送った門です。初めは待賢門と称し、屋根に「首里」という額を掲げたため、首里門と呼ばれていました。第6代尚永の時代、冊封使が来たときに「守礼之邦」の額を掲げ、さらに第10第尚質の時代には常に「守礼之邦」の額を掲げるようになり、守礼門と称するようになりました。

上の写真は正殿。中国の紫禁城をモデルに建てられました。下の写真は守礼門。中国からの使節を出迎え、見送った門です。

琉球の歴史

沖縄では先史時代が長く続き、内地で言う平安時代中頃までは人々は狩猟採集の生活をしていました。平安時代後期頃になると農耕社会が形成され、各地には按司(あじ)とよばれる指導者が出てきました。按司はグスク(砦)を築いて勢力を争ったため、この時代を「グスク時代」と言います。
内地が室町時代の頃には3つの強力な勢力が現われ、沖縄本島は南部・中部・北部に分かれました。これを三山時代と言います。さらに戦後時代の頃、南部の按司・尚巴志(しょうはし)が三山を統一し、琉球王国が誕生しました。
その後、第3代の尚真の時代には中央集権的な統治機構も整備されて、琉球王国は栄えました。しかし、1609年、薩摩藩の島津氏の侵攻を受けて、その支配下に置かれるようになります。そして、明治維新後の1872(明治5)年、最後の国王尚泰は華族とされて東京に住まわせられ、1879年(明治12)年、沖縄県の設置により、琉球藩は消滅しました。

【首里城の風景】

園比屋武御嶽石門

園比屋武御嶽石門(すぬひゃんうたきいしもん)

守礼門をくぐって左手にあります。御嶽(うたき)とは拝殿のことで、国王が場外に出るとき、安全を祈願しました。

 歓会門

歓会門(かいけいもん/かんかいもん)

歓会とは歓迎のこと。首里城の正門として使われました。石造のアーチ門の上に木造の櫓(やぐら)が乗っています。

瑞泉門

瑞泉門(ずいせんもん)

門の手前の龍樋(りゅうひ)と呼ばれる湧水から、瑞泉の名が冠されました。門脇のシーサーは最古のものとされます。

漏刻門

漏刻門(ろうこくもん)

首里城の第3の門です。琉球時代には水時計が置かれていたため、漏刻という名がつけられたと言われています。

万国津梁の鐘

万国津梁の鐘

大航海時代の琉球王国の気概を示した文が刻まれています。これはレプリカで、本物は沖縄県立博物館・美術館にあります。

御差床

御差床(うさすか)

1階に置かれた玉座です。左右の柱には龍が描かれています。この奥に階段があり、国王はそこから降りてきました。

南殿

南殿

正殿の向かって右側に位置しています。薩摩藩からの使いを接待する場としてつくられ、さまざまな用途に使用されました。

円覚寺

円覚寺総門

仏教に帰依した第3代尚真が、京都の南禅寺から高僧の芥隠(かいいん)を招いて建立した円覚寺の痕跡です。

万国津梁(ばんこくしんりょう)の鐘の銘文

琉球国は南海の勝地にして
三韓の秀を鍾め、大明を以て輔車となし
日域を以て脣歯となす
此の二者の中間に在りて湧出する所の蓬莱島なり
舟楫を以て万国の津梁となし
異産至宝は十方刹に充満せり
<意味>琉球国は南海の美しい地で、朝鮮のすぐれたものを集め、明や日本とも親密な関係にある。この二国の間に沸き出ためでたい島である。船を操って世界の架け橋となり、珍しい宝が国内に満ちている。
※万国津梁の鐘というのは通称で、正式名は旧首里城正殿鐘といいます。

【アクセス】
◎首里城下町線8番「首里城前」下車、守礼門まで200m。
◎「那覇市内観光周遊バス ゆいゆい号」で「首里城前」下車、守礼門まで200m。
◎市内線1番・17番、市外線46番「首里城公園入り口」バス停下車、守礼門まで300m。
◎ゆいレール「首里」駅から1km。
【TEL】098-886-2020(首里城公園管理センター)
【住所】沖縄県那覇市首里金城町1-2
【時間】
◎4月〜6月 無料区域 8:00〜19:30/有料区域 8:30〜19:00
◎7月〜9月 無料区域 8:00〜20:30/有料区域 8:30〜20:00
◎10月〜11月 無料区域 8:00〜19:30/有料区域 8:30〜19:00
◎12月〜3月 無料区域 8:00〜18:30/有料区域 8:30〜18:00
【休】7月の第1水曜日とその翌日に一部休館
【HP】首里城公園(公式)

識名園

識名園琉球国王家の別荘です。18世紀につくられ、国王一家の保養や外国からの使節の接待などに使われました。内地の大名屋敷によくあった造園形式を取り入れて、沖縄にしては珍しく四季を感じる景色となっています。沖縄戦によって破壊されたものの、約20年もの歳月をかけて復元され、国の名勝となっています。なお、本来は「しちなぅどぅん」と読みますが、「しきなえん」で通ります。

【アクセス】
◎識名・開南線2番、松川新都心線3番、識名・牧志線5番のバスに乗り、「識名園前」下車すぐ。
◎ゆいレール「首里」駅から2.6km。
【TEL】098-855-5936
【住所】沖縄県那覇市字真地421-7
【時間】
◎4月1日〜9月30日 9:00〜18:00
◎10月1日〜3月31日 9:00〜17:30
【休】水曜日

玉陵(たまうどぅん)

玉陵琉球国王家、尚氏の墓で、沖縄県では最大の陵墓です。1501年、第3代尚真が父の尚円の遺骨を改葬するために建立し、歴代の王が眠ることになりました。周囲は石垣で囲まれ、沖縄戦の前までは大木に囲まれていました。中室は3つに分かれ、中室には洗骨前の遺骸を安置し、東室には王と王妃が、西室には墓前の庭の玉陵碑に記されている家族が葬られています。「琉球王国のグスク及び関連遺産群」のひとつとして、世界文化遺産に指定されています。墓を守るために据えられた一対のシーサーは、沖縄県の文化財にも指定されています。

【アクセス】
◎首里城下町線8番「首里城前」下車、100m。
◎「那覇市内観光周遊バス ゆいゆい号」で「首里城前」下車、100m。
◎市内線1番・17番、市外線46番「首里城公園入り口」バス停下車、300m。
◎ゆいレール「首里」駅から1.3km。
※首里城からは近く、守礼門まで200mほどです。
【TEL】098-885-2861(玉陵管理事務所)
【住所】沖縄県那覇市金城町1-3
【時間】9:00〜18:00
【休】年中無休

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首里城公園  識名園  玉陵  

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